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2009年4月にバドミントン混合ダブルスを結成した日本ユニシスの池田 信太郎と潮田玲子ペア。今回のスペシャル・メッセージでは、2012年ロンドンオリンピックでのメダル獲得をめざす二人に、厳しい試合や練習に臨むうえでの「モチベーション」、お互いの「コミュニケーション」などについてお話を伺いました。
(聞き手はCSR推進部 柴田 宏一)
潮田玲子(しおたれいこ) 1983年9月30日生まれ
身長166cm 日本ユニシス所属 福岡県出身 九州国際大学付属高校卒
2010年日本代表
池田信太郎(いけだ しんたろう) 1980年12月27日生まれ
身長175cm 日本ユニシス所属 福岡県出身 筑波大学卒 2010年日本代表
ようやく楽しさを感じられるようになってきた(池田)
―――(柴田) 2009年4月に混合ダブルスを結成されて1年が過ぎましたが、この1年を振り返っていかがでしょうか。
池田スタート当初から、混合ダブルスという新しい種目に慣れるまでには時間がかかるだろうと思っていましたが、実際、海外では思うように勝てず、全日本総合でも準優勝という結果に終わり、やはり甘くはないというのが正直な思いです。
ただ、昨年9月に全日本社会人で優勝できたことは、ある程度の自信につながっています。最初は課題も多くありましたが、今はそれを乗り越える楽しさというか、日々成長していく楽しさを感じられるようになってきたと思っています。
潮田私もそんなに甘くないというのは痛感しましたし、自分が思い描いているようには、なかなかいかなかったというのが本音です。2009年は全日本総合のタイトルを取れなかったことに大変悔いが残っていますし、国際大会でも、なかなか勝てないことで思い悩むことが多かった。でも、最近は少しずつ混合ダブルスにも慣れてきて、ようやく軌道に乗り始めてきたように感じています。
最後の最後で気づいた現役であることの素晴らしさ(潮田)
――― 少しさかのぼって2008年の北京オリンピックは、お二人にとって非常に大きな意味を持つ大会であったと思います。オリンピックが終わると多くの選手がいわゆる“燃え尽き症候群”になると言われているなか、お二人もその例外ではなかったと聞いていますが、そこからどのようにして再び心に火がつくようになっていったのでしょうか。
池田僕もオリンピックばかりを目標にし過ぎていたところがありました。北京オリンピックが終わった後は、すぐにチームへ戻って練習を再開したのですが、全然楽しくなくて―。その後も、日本代表でジャパンオープンや海外のトーナメントに出場しても、そこで戦う意味がよくわかりませんでした。このままバドミントンを続けるのが自分のためなのかとか、引退して会社で普通の仕事をしようかとか、そんなことも考えながら練習をしていました。そうしたなかで、混合ダブルスというお話をいただき、いろいろ悩んだのですが、経験したことのない未知の種目ならば、ゼロからのスタートでもう一度自分に挑戦できるかもしれないと思い、決心しました。
潮田私もずっと北京オリンピックだけを目標にし、前ペアの小椋選手とも北京が終わったら辞めようと話をしていたので、それ以上のことは考えていませんでした。
結果は、期待されていたメダルには届かず悔しい思いで終わりましたが、これだけやってメダルに届かなかったのだから、仕方がないとも思っていました。それからペアの解散も決まり、最後の試合となった全日本総合で、とにかく悔いのないプレーをしようと二人で話してコートに立ちましたが、そのときは100%の力が出し切れた。ずっと試合に出ていて二人とも体がボロボロでしたし、ほとんど練習もできていない状態だったんです。にも関わらず、“気持ち”で100%の試合ができた。
試合後はオリンピックのとき以上に反響が大きく、みなさんから「感動したよ」という声をいただいて、そのとき初めて、“まだできるかもしれない”と思うようになりました。人に感動を与えることって、現役を続けない限りできないことです。そのことに最後の最後でやっと気づき、もう少しやってみようかなと思うようになったのです。
そのとき、同じように苦しんでいた池田さんの姿を見ていましたので、池田さんとだったらもう一度一からやれるんじゃないか、二人で支え合っていけば、「ロンドン」という目標に向けて一緒に這い上がっていけるんじゃないかと思ったんです。
約束ごとは決めずに、経験のなかで球筋を読んで動く(池田)
――― 男子ダブルスや女子ダブルスと混合ダブルスとの違いについては、どのように乗り越えてきたのでしょうか。
池田実のところ、まだ全然乗り越えられてはいません。混合ダブルスは、男子ダブルスや女子ダブルスとは全く違うと言ってもいい種目です。最初はその動き方が全然わかりませんでしたし、お互い良いところをある程度わかっていても、それがうまくかみ合わない。いくら練習で、この球は潮田、この球は池田と役割を決めても、いざ試合になるとお互いに手が出たり、出なかったりしてうまくいきませんでした。
そういう状態がしばらく続いた後、もうあまり約束ごとは決めずに、自分たちの経験のなかで球筋を読んで動こうということにしたところ、自然とお互いの動きがつながるようになり、ようやく良いプレーができるようになってきました。
潮田
最近は、型にはめない方がいいという話を二人でよくしています。混合ダブルスは経験の占める部分が大きく、実戦を重ねて初めて気づくことがたくさんあるので、考えるよりもまずは実戦でどんどんチャレンジしていった方が良いと思っています。二人とも長年男子ダブルスと女子ダブルスでやってきたので、混合ダブルスの選手にはできないプレーができることもあります。それまで混合ダブルスはこうあるべきだと、無理やり合わせていたところがありましたが、お互いの長所を自然体で活かせば、“私たちらしい強さ”を生み出せるのではないかと思うようになって、やっと方向性が見えてきた気がします。
高速スピードの一瞬の間にある駆け引きが面白い(潮田)
――― この数年間はさまざまな困難にも直面されてきたかと思いますが、逆にバドミントン本来の楽しさや魅力はどのようなところにあるのでしょうか。
池田プレーを通じて自分らしさを表現できるということはとても魅力的だと思います。僕の場合は、それがバドミントンだったということです。これまで何回も引退を考えたことがありますが、そのたびに、引退すれば自分を表現する場がなくなってしまう、そう考えて現役を続けてきました。僕のなかでバドミントンの楽しさというのは、ラケットを持ってコートに立ち、プレーすることそのものです。全力のプレーを通じて、観る人に挑戦する姿勢や勇気を感じていただければと思っています。
――― 潮田さんはどうでしょう。
潮田
バドミントンはすべての球技のなかで打球の初速がもっとも速いと言われています。そのスピードのなかの一瞬の間にいろいろな駆け引きがあり、ドラマがあります。そのレベルが高ければ高いほどスリリングですし、それがとても面白いですね。
 
口に出すことでお互いの意識のなかに残る(池田)
――― ダブルスという種目ではお互いのコミュニケーションが重要になってくると思いますが、コミュニケーション面で心がけていることはありますか。
池田試合中でも、練習中でも、気がついたときは声をかけたり、話し合うようにしています。口に出すことでお互いの意識のなかに残りますから。必要がなければ捨てればいいし、言わないよりは言った方がやはりプラスになりますね。
潮田
私はコミュニケーション面でとくに心がけていることってないんです。二人とも性格的に明るいし、ポジティブシンキングなので、思ったことをお互いにポンポン言い合っています。それができるのも、互いに良いものをつくっていこうという目的意識と、相手を思いやる気持ちがあるからだと思います。たとえ試合で負けても相手のせいにするのではなく、まずは自分の至らなかったところを反省し、そのうえで前向きに考えていく。そういう姿勢が、気軽に何でも話せる“安心感”につながっているのではないでしょうか。
周りのすべての人に感謝したい(潮田)
――― 監督、コーチやチームメートとのコミュニケーションはいかがですか。
池田監督との付き合いは長いですし、コーチはかつて一緒にプレーした選手なので、ごく自然です。選手はもう年下しかいなくなってしまいましたので、話題も結構違ったりしますが、自分からそれに合わせることもできるし、年の差を感じないぐらいフランクに付き合っていますね。
潮田
私は昨年1年間、三洋電機とユニシスの両方でお世話になっていましたので、選手や監督とどのように接していけばいいのか多少戸惑う部分もありました。
でも、ユニシスの選手たちが温かく受け入れてくれたことでとても救われました。会社や所属チームに関係なく、一人のプレーヤーとして向き合い、気軽に声をかけてくれました。監督やコーチも私のペースを尊重してくれましたし、とてもやりやすい環境をつくっていただいたと本当に感謝しています。チームのみなさんの温かい雰囲気が、今回ユニシスの一員になる決断を後押ししてくれました。三洋電機時代もそうでしたが、自分はつくづく周りの人たちや環境に恵まれていると感じています。
バドミントンを夢の持てる競技にしていきたい(池田)
――― お二人とも小中学校などでバドミントン教室を開催されていますが、未来の「イケシオ」をめざして頑張っている子どもたちにメッセージをお願いします。
池田バドミントンに限らず、いろいろな夢を持った子もいれば、今は夢を持てずにいる子もいると思いますが、何か一つでいいから具体的な「目標」を持ち、それに向かって一生懸命に頑張っていくことが大事だと思います。
そのためにも僕たち選手は、バドミントンをもっと夢の持てる競技にしていかなければならないと思っています。バドミントンでオリンピックやプロをめざす子どもたちがたくさん出てくるように、これからもさらに頑張っていくつもりです。
潮田
どんなことでも、とにかく「続ける」ことを大事にして欲しいですね。続けることは大変ですが、頑張れば頑張るほど、必ず自分に返ってくるものがあるので。 それから、何よりも「楽しむ」気持ちが大切です。私自身バドミントンをここまで続けてこられたのは、やはり好きだとか楽しいという気持ちを持ち続けてきたことが一番大きかったと思います。楽しむ気持ちを忘れずに、目標に向かって頑張り続けることができれば、結果はどうあれ、きっとそれが財産になると思います。
――― ロンドンオリンピックに向けて、さらなる飛躍を期待しています。ぜひ頑張ってください。どうもありがとうございました。
池田・潮田ありがとうございました。
イケシオ(池田・潮田)ペアの軌跡 (2010年7月1日現在)
2009年
4月 混合ダブルスペア結成
5月 「スディルマン杯」にてデビュー
6月 ペアとしての愛称を「イケシオ」に正式決定
9月 全日本社会人選手権で国内戦初優勝
10月 オランダオープン2009で第3位
12月 全日本総合選手権で準優勝
2010年
5月 潮田選手 日本ユニシスに入社(5月16日付)
日本ランキングサーキットで優勝
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