掲載日:2010年9月22日

特集:「強い経営」の秘密に迫る。対談:加賀見 俊夫 池上 彰

脈々と受け継がれてきた哲学と一貫した企業理念が卓越したソフト力を生み出す。

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コンセプトづくりに時間をかけて揺るぎない世界観を確立

池上
株式会社オリエンタルランドは、今年で創立50周年を迎えられたのですね。
加賀見
はい。当社は1960年に、千葉県浦安沖の海を埋め立て、商住地域の開発と一大レジャー施設の建設を行うことを目的に設立されました。以来、当社は国民の文化・厚生・福祉に寄与すべく、ひたすら夢を追いかけ続けてきました。
池上
貴社がディズニーランドと出会ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
加賀見
当社の初代社長の川崎千春が京成電鉄の社長だった当時、米国出張の帰りにたまたまディズニーランドに寄ったことがきっかけです。非常に感動し、「このすばらしい世界を日本の子どもたちに見せたい」と考えたことがスタートでした。
しかし、その後、東京ディズニーランド開園までにはかなりの紆余曲折があり、一時は断念せざるを得ないと考えたこともありました。というのも、米国のディズニー社との契約は、期間やロイヤリティの条件がこちらの想定と合わなかったからです。ほかの可能性を探るべく、約2年間、世界中のレジャー施設を調査したこともありました。しかし、最終的には、日本に合うのはディズニーランドしかないという結論に達したのです。
池上
そんなご苦労もありながら、1983年の東京ディズニーランド開園に至ったわけですね。
その後、東京ディズニーランドの大成功を機に日本中でテーマパークブームが起こったわけですが、苦戦しているところも多いと聞きます。東京ディズニーランドが成功した要因をどのように分析されていますか。
加賀見
調査・研究に十分な時間とお金をかけたことではないでしょうか。第2パークの東京ディズニーシーについても、計画を発表したのは東京ディズニーランド5周年の会見の席でしたが、着工したのはそれから10年後の1998年でした。
その間は、ディズニー社から提示された構想「七つの海」を、いかに日本人の感覚にフィットさせつつ演出するか、あるいは日本の少子高齢化を踏まえて、これまで以上に幅広い年齢層のゲスト(お客様)に楽しんでいただくためにどうしたら良いかなど、コンセプトを固めるために徹底的に調査・研究しました。ここに時間とお金をかけたから、“本物”といえる揺るぎない世界観を確立することができ、ビジネスとして成長できているのだと思います。
加賀見 俊夫氏の写真 池上 彰氏の写真

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