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feature vol.2

山田英孝選手アテネ五輪を終えて。
アテネ五輪、山田選手応援リポート
第28回アテネオリンピック大会のバドミントン競技が、2004年8月14日から21日にかけて8日間、グディオリンピックホールで行われ、日本ユニシスの山田英孝選手が前回シドニー大会に続き、男子シングルスに出場しました。

現地まで山田選手を応援するために同行した、後援会「バドの会」(*注) 茶圓会長のリポートをご紹介します。
選手村での山田選手
選手村の部屋にて、荷物整理中。4LDKの間取りの部屋に8人で選手村生活を過ごす。
結団式での様子
結団式にて、バドミントン競技日本代表選手団。前から2列目中央が山田選手。
「アテネ五輪 バドミントン山田選手応援リポート」 「バドの会」茶圓会長
アテネに山田選手の応援に行きました。シドニーに続き、2回目の同行となります。
山田選手の1回戦の対戦相手は、バドミントンを国技とするインドネシアの星、ヒダヤット選手。何と彼とは、シドニー大会の初戦で当っており、連続出場が難しいオリンピックでは考えられない、初戦で2回目の対戦です。
ヒダヤット選手はシドニーでは、世界ランキング1位、第1シードで金メダルが確実視され、国の期待を一身に受けて臨んだ19歳の神童でした。山田選手に翻弄され、ファイナルまでもつれ込みました。その後の試合でも、本来の力を発揮できずにメダル無しに終わりました。今回は世界ランキング12位、ランキングには拘らず金メダル獲得に絞って調整したようです。4月のアジア大会では優勝しています。
試合中の山田選手
男子シングルス1回戦。1ゲーム失うが、気持ちを切り替えて2ゲーム目開始。
山田選手は、13日に現地入りした中條監督と14日、試合当日の15日と2時間の練習、そして作戦会議をやっていました。中條監督から身技体ともに充実していると聞きました。
試合は、15日の20時30分に開始。18時半にガラガラの第3コート前に我々は陣取りました。中條監督、山田家族、元日本ユニシス社員の小松さんら総勢10人です。日の丸の国旗6本と小松さん手製の" 山田" 、" Unisys" 入りのうちわ5つが応援グッズです。続々とインドネシアの国旗や風船を持った人たちも集まってきました。この第3コートでは、18時50分からインドネシア選手の男子ダブルスが大声援の中で始まりました。この時点で応援側の勝負は決していました。
19時には山田選手が会場に到着し、日の丸入りの真っ赤な日本代表のウェア姿で応援席に来てくれました。オリンピックに来たのだと実感。2度目だけに、落ち着いた様子の中に闘志をみなぎらせています。暫らく我々と 談話しました。" 頑張れよ" を背に、試合前の練習相手を務めるトナミの舛田選手と準備のため消えていきました。
観客席の様子
200名を超えるインドネシア大応援団。
この第3コートだけはまだまだ人が集まってきます。我々は約200人のヒダヤット・サポーターに取り巻かれています。日本側は応援に駆けつけたバド選手団の数人が増えただけです。大声援の中、いよいよ両選手の入場です。山田選手のご両親とお兄さんも声援しています。
ヒダヤット選手のサービスで試合開始です。山田選手のショットが5センチオーバーで先取されましたがすぐに得意のスマシュでサーブ権を取り戻しました。ラリーが続きますが、コートの風を読みきれないのか、5~10センチ、エンドラインを超えるショットが目立ちました。0-3、2-5、3-6、4-7、6-7となりますが、リードを奪えません。
" インドネシア" のかけ声と国歌で耳が痛いくらいです。床が揺れて、三脚にセットしたビデオカメラが動いてしまいます。スマッシュは山田選手が鋭いように見えますが、ヒダヤット選手は力で圧倒すると言うより技巧派のオールラウンド・プレイヤーです。一気に6-11と連続ポイントを取られました。7-13、7-14のマッチポイントの後、暫くサーブ権の取り合い。1ポイント挽回しましたが、結局8-15で第1ゲームを失いました。
第2ゲームを前に中條監督から指示が出ました。「ロブは深く、スピードつけて」、山田選手もうなずいています。
試合終了後の山田、ヒダヤット両選手の様子
試合終了後、健闘を称えあい退場する両選手。善戦は49分にわたりました。
ヒダヤット選手のサービスで第2ゲーム開始。すぐにサーブ権を取り戻し、先ず先取。 1-1、1-2と連続にポイントを取られますが、すぐに2-2、3-2と取り返しリードです。
山田選手を応援すると、インドネシア応援団からブーイングがきます。3-2、3-4、3-6と差をつけられますが、すぐに取り戻し4-6、しかし連続でポイントが取れない。逆に、相手には4-7から一気に4-11と、連続5ポイント連取されました。
5点から一気に4ポイント連取し、8-11まで追い上げました。8-12で得点が暫く止まり、その後、9、10と連取しましたが、今度は連取されマッチポイント。最後は山田選手がショットをネットに引っ掛け試合終了。
山田英孝
(日本ユニシス)
  タウフィック・ヒダヤット
(インドネシア)
0 8-15
10-15
2
パルテノン神殿前での山田選手
パルテノン神殿前にて。首に下げているのは選手ADカード。選手村に入るときのセキュリティーチェック、選手村のレストランに入るときの チェック、バドミントン会場に入るときのチェックなどに使う。
試合を終えた二人は、お互いの健闘を称え合いながら退場。ヒダヤット選手は今日が23歳の誕生日らしく、ハッピーバースデイの歌声がこだましています。サポーターが誕生日を知っている程の国民的英雄に山田選手は善戦しました。
最終的に、ヒダヤット選手は、今大会で金メダルを獲得。決勝戦に劣らない程の大健闘をみせた山田選手。
2003年5月からオリンピック出場をかけてマッチレースを戦い抜き、善戦を果たした山田選手にあらためて拍手を贈りたいと思います。お疲れ様でした。そして感動を与えてくれてありがとうございました。
(*注) 「バドの会」とは:
日本ユニシスバドミントン部が日本リーグ入りした1992年、社員の有志によって結成された後援会。ユニシスグループ社員および家族、退職者等により構成される。会員数は全国各地に約300名。
バドミントンオリンピック代表公式ユニフォーム
バドミントンオリンピック代表公式ユニフォーム
年末には、チームの目標である日本リーグ2004団体戦優勝に向かって活躍してくれることでしょう。山田選手をはじめ、日本ユニシス実業団バドミントン部の活躍にご期待ください。
(2004年9月10日掲載)

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