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「失われた15年」からワークライフバランスを探る

2008年11月27日掲載
CSR推進部

米国ではサブプライムローンの証券化などにともなう損失から金融業界の大再編がおこっています。これは原因は異なるものの日本同様のバブル崩壊と現実の経済力以上の投資をするなど無理をしたツケを支払っているとも考えられます。原因は米国発ですが、日本のバブル崩壊のあとにおこったのが失われた15年の原因となったデフレ、こうしたことが世界規模でおこらないように各国が協調・協力しなくてはいけない事態でしょう。経済問題が泥沼的様相の米国、その余波をまともにかぶっている欧州金融機関に比べると対応策を考える余裕のある日本の企業は、世界経済の中での日本経済の役割についてよく考えてみる良い機会かもしれません。

9月はじめに社内ではワークライフバランスコンサルタントであるパク・ジョアン・スックチャ氏のセミナーを開催しました。その講演でも世界からみた日本と経済、という視点がありました。パクさんの講演では、ワークライフバランスのとらえ方、そして世界の中の日本、という視点で考えさせられました。講演内容をコンパクトにまとめると次のようになります。

  1. 仕事とプライベートな生活の理想的な時間配分と現実にはギャップがあり、「時間がないから」というのがギャップのある方の言い訳、理想と現実のギャップを埋める取り組みがワークライフバランスをうまくとる、ということ。

  2. 日本では少子化・高齢化に歯止めがかからないことから年金問題が表面化している。これからは70歳まで働き続けられるように仕事をしていくことが重要。

  3. 家族とのコミュニケーションの時間を大切にし、また、自己研鑽を怠らないことにより自分自身の質の向上を図り、仕事の質も上げていくことがこれからの日本では必要。

「ワークライフバランスの話」というと仕事とプライベートな生活の両立のために必要なこと、と考えてしまいがちですが、パクさんは高度成長から少子高齢化を迎えた日本、と言う視点と、世界の中の日本という視点を与えてくれました。これら2つの視点も踏まえてWLBをどう考えるか、パクさんのお話をお聞きしながら感じたことを3つ紹介します。

1つめ、健康は重要だということです。GEイメルト会長の言葉として「出世するほどにスポーツクラブに行く時間が増えた」ということを紹介し、経営者がもっとも気をつけるべきことの一つが自らの健康であるとのこと。経営者に代替要員はいませんから健康を損ねないこと、病気にならないこと、大けがをしないことが企業にとってのリスク管理であるということです。日本の経営者も健康の重要性を認識して出張時にホテルを決める際には、支店とダウンタウンのそばではなく、スポーツジムとプールがあるホテルに泊るという風に考えなければダメですよ、というアドバイスです。家庭における両親の役割でも同じですね。健康になる、というよりも病気にならないことが代替要員はどこにもいない親としては大切だと思います。

2つめ、パクさんは「スティーブン・コビー博士の7つの習慣」の最後の習慣「再生」(英語では“Sharpen the Saw”)、についても紹介されました。あまりに疲れていては次の日の仕事に影響しますよ、という話はよくありますが、パクさんの解釈は「自分自身の質がその人が生み出せる仕事の質の天井」というもの。良い仕事をしたければ自分自身の質を維持し向上させていくことが重要であり、そのためには週に一度程度の自己投資をしたらどうですか、というアドバイスです。右肩上がりの継続的成長ばかりは期待できない成熟社会では、生産量の拡大から生産物の質の向上を考える必要があり、自分自身にも同様のことが言えます。

3つめはスイス・ローザンヌにあるビジネススクールIMDが毎年発表する世界経済競争力ランキングを紹介。1989年の第1回調査では日本は1位でしたが、今年日本は22位に落ちました。1990年代から21世紀にかけて、今や「失われた15年」とも言われていますが、何が失われてしまったのでしょうか。原因分析は盛んに行われていますので、いろいろな関連サイトをご覧いただければと思いますが、日本が競争力低位に位置づけられた項目には「そうだよね」と思わされる項目がならび、起業家精神(53位)、海外の考え方への開放度(49位)、それと国際経験(47位)、社会の枠組みは55カ国中51位です。
2008年の調査は米国がサブプライムで苦しむ前に行われたので1位を維持できた、とパクさんは分析していましたが、住宅ローン破綻だけではなく、多くの移民や貧富の格差、社会保険制度の崩壊などの諸問題も抱え、経済バブルと社会・経済的格差が支えていた経済競争力とも言えると思います。パクさんによると2位のシンガポールはとてもオープンな経済施策をもち、金融・IT・バイオに特化するという明確な政策をとる一方で、国として呼び寄せた外国人も含めた全国民に厳しい刑事罰やルールを科すことで高い規律を維持する統制国家だとも評価していました。高い経済競争力維持には代償を支払う必要があるということかと思います。

日本のバブル時代には大学などの研究機関による日本研究レポートが出され、“Japan as No.1”という本が出版されました。“Japan is No.1”ではないことに気づいていた方も多いと思いますが、「天然資源が少なく島国であるがためのさまざまな制約があり、国土が小さいにもかかわらず、日本は課題をうまく処理している。アメリカをはじめとする他の国々も、日本から教訓として得るものが何かあるはずだ」というのが著者ボーゲル教授の主張です。「戦後、日本人がアメリカ人から学んだときの熱意でアメリカ人もまた成功した日本人から学ぶべきだ」ということで欧米企業から、成功している日本企業に学ぼうと多くの企業訪問がありました。また、あのバブル全盛のような時代が到来するのではと期待する方もおられるかもしれませんが、パクさんによると「戦後日本の経済成功は日本の奇跡、奇跡は一度しか起こりません」とのこと。21世紀以降の経済競争力の低迷は、変化し続けている状況に対応し続けることが重要、ということを日本企業が忘れ、傲慢になっていた一時期があったからなのかもしれません。

一方、この15年に日本企業が取り組みはじめた活動にCSR関連活動があります。企業が経済的な利益を追求するだけではなく、組織活動が社会と環境に与える影響にも責任を持ち、企業ステークホルダーからの求めに応じた適切な意思決定をすることをCSR(企業の社会的責任)と考え、CSR活動推進専任部署まで設置して活動を進めてきています。経済競争力を向上させること以外の重要性に気がつき、日本企業が気配りしている間に、他国において行かれたのでしょうか。

世界の中での日本、バブル期の20年前と比べて何が違うのでしょうか。

  1. エコノミックアニマルの住む異質な国から映画「もののけ姫」を産んだ普通の国へ

  2. 日本製品・文化が世界の町・家庭へ浸透−NintendoからKikkoman・Wasabiまで

  3. ボランティア精神と活動の拡大−経済支援から井戸掘による水資源確保、教育、医療支援へ

変化はこれ以外にもたくさんありますが、昭和の時代から平成バブル期までに多くの日本人が追い求めていた経済的な満腹感以外にも重要なことがたくさんあることを、阪神淡路大震災や平成不況、国連軍による中東への派兵とその後の復興、世界からの賞賛と非難などを通して、現在では多くの日本人は感じているのではないでしょうか。

20年前、一部の外国の方は知っていた日本アニメや広がり始めていたSushiレストラン、SONYやHonda以外にもある高品質日本製品が、現在ではどんな国に行ってもそこら中の町や家庭に入り込んでいるという事実があります。さらに書き物ではなく実体のある日本人とそのプロダクトを通して日本という国と企業を多くの世界の人が知りました。欧米諸国並みの普通の国になった日本の企業と生活の現状に、今後この上何を積み重ねていきたいのかを私たちは考える時だと思います。これが企業にとってはCSRであり、企業と個人にとってのWLBなのかとも考えます。

パクさんの健康と自己投資のアドバイスに従うと、日本という国も過剰なエネルギー消費と地産地消を忘れた食料の大量輸入でメタボ体質になっているとも考えられます。また、高度成長で忘れてしまった質の向上のために自己投資を行う、すなわち、常に株主資本最大化を目指す米国企業、米国経済を追いかけてきた経済成長第一主義を見直し、成熟した国の良いところを見習うときかもしれません。